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「あたし、アンタの事キライよ」

 初めて逢って、始めに言われたのはそんな言葉だった。


   ***


「テオ、テオ」
 少女の声が庭園に響く。鈴でも転がすような、綺麗な声だ。
「どうしましたかベッツィ?」
 同僚は話を中断して庭園の方へ貌を向けた。その先に、金色の長い髪を靡かせた美しい少女が居る。
「あのね、薔薇を取ってくれる?」
 屈託のない笑顔。見ているだけで幸せになるその笑顔を惜しげも無くテオに見せて、少女は言う。
「はいはい。どちらですかお嬢様」
 テオは優しい笑みを見せて少女に歩み寄る。エドワードはそっと目を伏せて背を向けた。
 テオが傍についているのだし、此処の警護は一人居れば十分だ。
 胸の痛みに気付かない振りをして、エドワードは辺りに視線を向けた。


   ***


 幼いエドワードを拾ってくれたのは、ある貴族の主人だった。
 親を亡くして路頭に迷っていた一庶民のエドワードを拾ってくれただけでも有り難かったのに、 己の子供と同じように教育をうけさせてくれ、また嗜みとして武道や魔術やらも学ばせてくれた。
 頭の方は、まあそこそこの出来であったが、武道の方はどうやら才に恵まれていたらしい。長じて、 いつまでもあの家に厄介になっている訳にもいかないと思い始めた頃、丁度この家の護衛の職を知った。 相手方は身の堅い者を所望しており、養い子とはいえ、名の知れた貴族の家で育ったエドワードは 諸手を挙げて迎え入れられた。――ただひとりを除いて。

「エド、戻るよ」
 振り向く。両手一杯に白い薔薇を抱えた少女は、エドワードと目が合った瞬間、暗い貌をして視線を 逸らした。いつもの事だ。
 エドワードは無言のまま頷いて、横にどいた。テオと少女が歩き出したのを見て、後ろを歩いて行く。 楽しげに話す二人から目を逸らした。薔薇の芳香。少女の手の内にある薔薇は、丁寧に棘が折られて いる。きっとテオだ。美しいこの少女の手を傷付けるのはそれこそ禁忌なのであろう。 良く気が付くその甲斐性は、エドワードには勿論のこと、無い。
 屋敷に戻りいつものように居間へ向かう。途中、手を洗いに行った少女は花束を手近な飾り棚の上へと 置いた。いつものようにテオがついていく。

 少女は託宣の力を持っていた。
 この商家がこれまで以上に栄えたのは少女のお蔭だ。未来を読むちからはそのまま富となる。 噂を聞きつけた貴族達は挙って少女の元を訪れ、商家は益々富を得た。贔屓が増え、家が栄えれば やっかみも増える。少女を狙う不届き者が増えた事で、家の主は少女の護衛を増やした。それがエドワード である。身元が堅く腕も立つ、何より貴族との接点が出来る事は、この家の主にとってプラスであるし、 エドワードの養い家としても恩を売っておくに越したことはない。何より、エドワードにとっては 糊口を得れた。本当にいい事尽くめであったのだけれど。

 ふと見ると、少女が置いた薔薇の茎に取り忘れたのだろう棘が見えた。あのまま持てばきっと 怪我をする。嘆く少女を脳裡に思い浮かべて、気付けばその花を手に取っていた。
 二番煎じだな。
 僅かに自嘲し、指の腹をその棘に掛けた時、
「触らないでっ!」
 悲鳴に近い声だった。引っ手繰られた薔薇は、衝撃で何枚かの葉と花びらを床に散らせた。
 驚きに声も出ないでいると、少女ははっとしたようにエドワードを見上げ、何故か脅えた色を その青い目に走らせる。
 掛ける言葉など何も思い付かず、そのままの姿勢で突っ立っていると、暫しの後に、テオがやけに 明るい声で少女に言った。
「さぁベッツィ、お茶にしよう」
 小さな肩をそっと押す。
 少女は縋るような目でテオを見上げ、小さく頷いた。

(………またやってしまった………)
 廊下のずっと先に二人が行ってしまってから、エドワードは小さく、だが深い深い息を漏らす。
(嫌われているのは解っているのにな……)
 要らぬ事をして少女を刺激してしまう。もう好い加減、憶えなくてはいけないのに。
 小さな痛み。見れば指に薔薇の棘。そっと摘んで外した。床に散らばる葉と花びらを拾い集める。 窓の外に棄てようとして、不意に躊躇った。
 白い花びら。優しい芳香。
 エドワードは何故かその花びらを棄てられず、暫し逡巡した後にポケットへと滑り込ませた。
 ゆっくりと一つ深呼吸をしてから歩き出す。今頃は居間に入ったであろう少女を警護する為に。






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